緑のシャワーと、スリル満点の狭き夢のつり橋

連休明けは、中学生の企業訪問対応、シンポジウムの準備などでバタバタと過ごした。シンポジウムの初日はJRの運行障害、2日目は羽田空港での大韓航空機のエンジン故障による空港閉鎖など、参加者にはそれなりの影響が有ったが、無事に終了して、反省会を兼ねたシンポジウム委員会で仕上げ。翌日、5月28日(土)と29日(日)は静岡県は、南アルプスの南端に所在する寸又峡温泉(川根本町)に高校の同期会に出かけた。毎年、このシーズンに、日帰りと宿泊のパターンを交互にして開催される。
新金谷から11時52分発のSL急行で大井川沿いに北上していく。
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この切符は日常から同窓会という、時間を遡り、また、昔は殆ど話をすることも無かった男女が昔のように意識<をすること無く話ができる別世界に誘う特別招待券とも言えようか。久しぶりに見るSLの姿や匂いがタイムスリップをいや増すことになる。乗ったのは動輪3本のC108。大井川鐵道で一番古い昭和5年製であり、C10形で唯一現存する機関車とのこと。
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曇天の下の優しい緑が日頃のディスプレー作業で疲れた目を癒やしてくれる。幹事の手配してくれた弁当に舌鼓。車掌さんのハーモニカ演奏も素敵だった。拍手!
千頭に到着したら、次は寸又峡温泉方面に。乗り込んだ路線バスは、我々団体の貸し切りということで、到着の遅れたメンバーの到着を待っていると、若い女性4人組が乗り込んで来た。どうやら、鉄道の遅れに伴い、バス会社からの案内があった由。彼女らは日本一になったことも有る女流棋士。そう言えば、お世話になっている税理士さんのお嬢さんがつい最近プロの棋士になったとの噂を聞いていたので、尋ねて見ると”知ってる。日本では女流棋士は100人くらい。”とのこと。プロになる女流棋士は1年に一人だそうであり、若くして狭き門を入れたものとあらためて感心。
さて、狭いと言えば、寸又峡温泉に向かう道の細いこと。バス運転手、地元の方は慣れたものですいすいと見事な運転ぶりだったが、日曜ドライバーには不向きなコースだ。待ち合わせ場所を間違えてバックすることを想像するだけで冷や汗が出る。
到着したバス停近くにはかもしか2頭のモニュメントが迎えている。「21世紀に残す日本の自然100選」と書かれている。他にも「遊歩100選」、「新日本観光地100選」にも指定されているらしい。
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翠紅苑という寸又峡温泉の宿に荷物を預けてから、「夢のつりはし」方面に2時間ほどの散策コースに出かける。宿を出てすぐに右手に年配の方ならばすぐに思い出す、あの、「金嬉老」事件のあった旅館が見えた。ごく最近まで名前を変えて営業していたそうだが、経営者の高齢化で廃業したそうである。
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天子トンネルを出た後、暫くして右にチンダル湖を目にしながら急な下り坂を降りると「夢のつり橋」が見える。
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「夢のつりはし」は、「死ぬまでに一度は渡りたい世界の徒歩吊り橋10選」に選ばれている。日本ではここだけ!
定員は10人。写真のごとく狭い、特に中央の板が狭い。下が透けて見えるし、橋の中央部では揺れも大きい。
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高所恐怖症では無いが、カメラを手にした状態で橋の中央部に来ると揺れも大きくなるのでさすがに緊張する。今、キーを打っているときも何となく足下がおかしな感じがしてくるくらいだ。
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部屋割りはくじ引きで決まる。たまたま同室の一人は、航空会社勤務ということもあって、前日の大韓航空機の件についてプロならではの説明を聞くことができた。エンジンの推力に関わる説明があったが、メキシコシティーのような高地では気温が上がりすぎると離陸できないことがあるそうだ。純水をエンジンに噴出して温度を下げることで推力を確保する。純水なので燃料より高くなるそうだ。
食事の前に温泉に。pH9のアルカリ泉。すぐにお肌すべすべの美人浴。出入り口が滑りやすいので要注意。
豪華な夕食の後、幹事部屋で懇親会。それでも12時になったら全員引き上げというのは歳を取った証拠か。
翌朝、ウグイスの鳴き声、それもホーホケキョの後にフーとかホイが付く、方言で鳴いている。窓の外を見てもどこで鳴いているか分からない。そこで、宿を出て周囲を散策。ついに高木の枝先で鳴いているのが見えた。
最後のホイと鳴くときには尾羽を振るわせている。かなり力を入れて鳴いていると思われる。遺伝子を残すための雄のがんばり時。

朝食後、宿の集合場所(ロビー)でメンバーの集合を待っていると、大井川鐵道の来歴を示した資料が目に止まる。それによると、もともとはこの辺りで切り出した材木を大井川を使って運んでいた。そこに、急勾配河川の水力発電の計画が起こり、その補償として、鉄道の敷設が決まった由。往路で驚いた細いくねくね道路は付け足しの事業ならではと納得した次第。
日本の山脈を下る川の勾配は急峻であり、当時の電力源として水力発電はまずは建設すべきだった施設であろう。
日本アルプスの北側では、黒部川、常願寺川など非常に急勾配の河川がある。常願寺川は明治のお助け外人、ヨハネス・デ・レーケに、「これは川ではない、滝だと言われたそうだ。
さて、2日目はバスで寸又峡温泉を発ち、30分後、奥泉駅で下車。そこから、トロッコ電車で30分。歯車で急勾配を登り降りするアプト式列車だ。車両の表示にはAbt と言う文字が見える。ドイツかスイス製か?帰宅後調べると、カール・ローマン・アプト(ドイツ人)が1882年に特許を取得とのこと。若い女性運転手だったためもあるのか、先頭車両にカメラが殺到。
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奥大井湖上駅下車後、「接岨峡アドベンチャーウォーク」に。県道338号を辿ると接岨峡温泉の少し手前の道路沿い右側に岩瀧不動堂が見えるが、道の反対側に小さな滝が見える。道路を降りて下からシャッターを切ったのが下の写真。「岩瀧不動の滝」
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レインボーブリッジ
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南アルプス接岨大吊り橋:寸又峡といい、接岨峡といい、急勾配斜面がよく分かる漢文力を感じさせる卓抜なネーミングだ。
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八橋小道ラブロマンスロード:川の向こう側の別動グループに、被っていた赤帽がよく見えた由。
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天狗石茶屋で600円のうまい蕎麦を食した後、接岨峡温泉駅へ。そこから再びトロッコ電車で千頭駅まで。
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下りに乗った車両の番号はスロフ316。
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駅員に尋ねたところ、スロフのロは、一等車、グリーン車格とのこと。イならば天皇陛下用の特別車両になるらしい。フは"客車" や "貨車" 。 後で調べると、緩急車 [かんきゅうしゃ]。 編成端などに連結され、非常用に "手ブレーキ" などを備えた車両と書かれていた。また、「ス」は従来の木製より重いスチール製を意味するらしい。
その連結部は手袋をした左右の腕を上下に伸ばしたロボットの顔に見えて、思わずシャッターを。縁の下の力持ち、よっ、ご苦労さん。
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目に入る川沿いの緑は本当にすばらしいが所々に崖崩れの痕が目に入る。
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中央構造線に沿った断層帯であることが再認識される。尾池和夫、「四季の地球科学 ― 日本列島の時空を歩く ―」の関連ページが思い出されたことである。
久しぶりの緑のシャワーの余韻とともに帰りの列車は普通の電車で。やはり、日常的にはこちらが快適。
静岡と言えば、昔、触媒研究会の宿泊セミナーにジブリの「千と千尋の神隠し」の湯屋を想起させる宿を使ったことが有るのを思い出した。柏葉幸子の「霧の向こうの不思議な町」という、主人公の女の子が現実世界から異世界に入り込み、そこである期間を過ごしてまた現実世界に戻ってくるというファンタジーを原案とするらしいが、自分もまた普段の生活に戻りつつあることも感じる。
静岡駅から新幹線でそれぞれの方面に分散して帰宅。幹事さん、参加された皆さん、お世話になりました。
それに、引退したフリルの後任、べぇべ、今回は背中を撫でるくらいだったけど、次も宜しくね。

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