黒部立山アルペンルートの旅:隧道の先の黒部ダムと天空の丘で見た鳥と星々

今年度の高校同期会は黒部・立山アルペンルート一泊旅行だった。と言ってもかなり前で昨年の5月のことだ。これまでは、日帰りと宿泊を交互に行っていたが、日帰りの場所は行き尽くしたとか、若くもなくなったので泊まりたいとの声があったのでそれに対応した由。昨年は日本の屋根の南側からのアプローチだったが、今年は東側からトンネル伝いに星に一番近いリゾートがキャッチフレーズのホテルに泊まることになった。
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昨年の奥大井・寸又峡では、川根町の夢の吊り橋の標高が1800m弱だったが、今年は宿泊するホテル立山の標高は2450mで、更に650mも高い地となる。高地だけに、5月末とはいえ、雪が残っている、天候の変化が激しいことなど、幹事からの案内には周到な準備が必要だと記されていた。靴はスノトレをということだったので、職場(神田)の傍のスポーツ用品店街に昼休みを使って覗いてみた。店員によるとスノトレは季節外れなので在庫無し、ならば通常のトレッキングシューズを求めることにしたが、雪道でのスリップ対策には必ずしも十分ではないそうだ。靴にスパイクをセットすることはできるが、4000円程度の投資が必要ということで、あらためて、幹事に相談。いざとなれば、ホテルから長靴を借りることができるとのことで、結局、通常のトレッキングシューズで旅に臨むことにした。
参加者の多くははそれぞれの駅からあずさ3号に乗り込んだ。車窓から見える山は薄いものから濃い緑まで様々でまだまだ春の新緑を感じさせる。進むに連れ、遠景に雪を被った山が見えてくる。信濃大町で全員が合流した。標高712mのここが出発点となる。そこから路線バスで扇沢レストハウスに向かった。上の図を見ると、700mも上ることなる。天気はよく、空の青いこと。昼食は有名なダムカレーだ。

レストハウスから道を隔てて向こう側に総合案内センターがある。ダム工事に関わる写真や当時用いられた測定具などを見ることができた。
扇沢から黒部ダムは標高差は37m、トロリーバスで僅か16分だが、この隧道の工事には破砕帯との大きな戦いがあった。映画「黒部の太陽」となった。

黒部ダムはアーチ式ダムの代表格だ。幅は10m程度だろうか。精密な計算の上、さらにかなりの安全係数で設計されたものだろうが、ダムの上に立つとこんな薄いコンクリートで水圧に耐えることができるのかと思う。
黒部ダムから、黒部ケーブルカーで黒部平へ、黒部平から立山ロープウェーで大観峰へ。
そして、立山トロリーバスで室堂へ。即、ホテル立山だ。
散策会で雪の大谷見学。
5月末ということもあり壁の高さは低くはなっていたが、それでも14mの高さであった。

宿泊旅行の華はなんと言っても、食事とお風呂と宴会。
柚子入りジュースで始まる献立表の最後には、「立山の標高三千mから富山湾の海底千mの地形が生み出す、山の幸、海の幸を富山の食文化と山の民の伝承の知恵で作成した料理です。」と記されていた。うーむ、富山は電力だけでなく、料理もこの高低差から来ているのか。
富山湾は、日本海に突き出た能登半島と標高3000m級の日本アルプス(飛騨山脈)の間にあり、相模湾・駿河湾とともに日本列島の地形を特徴づける日本3深海湾のひとつ。

食事後、星の観察会。

翌日、雷鳥ウォッチング。

バスで美女平まで。散策予定だったが、雪が溶けて歩きにくいということで取りやめに。
近くで昼食。

立山ケーブルカーで立山駅まで下る。
立山駅からは富山電鉄で富山まで。
富山市内を散策して、かがやきで一路東京へ。



ホテルの標高は2450m、気圧は低地の3/4、バロメータの値は760hPa辺りを指していた。沸点は92℃と記されていた。(ここで、燃料電池の研究者には、水蒸気圧が1/2気圧となる温度が約83℃であることを思い出して欲しい。)

帰宅後、昨年の寸又峡と今年の黒部・立山の標高差を
吉村昭、「高熱隧道」が面白そうだ。吉村昭は
歴史と人間、NHKラジオ 三國一朗

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