福澤諭吉「学問のすすめ」・・・人口3500万人の当時100万部以上のベストセラー!

今日(4月16日(土))のテレビは熊本地震報道で占められた感があるが、池上彰のニュース解説も緊急生放送で扱っていた。いつもの通り、わかりやすい解説であった。
海底のゴミが由来の日本の大地は複雑で地震の予測は難しいことをあらためて確認した次第。
http://www.hinet.bosai.go.jp/about_earthquake/sec4.1.html

日本列島は北海道を頭とする龍に、九州は武者か孫悟空の後ろ姿に見立てることができるように、南北あわせた朝鮮は背中を日本に向けたウサギに見えてくる。しかし、大陸のウサギと太平洋に胸を反らせて浮かぶ龍とでは地殻構造上の差は大きい。複数のプレートが重なり合う日本は地震と火山は宿命といえる。専門家によると、九州は北半分と南半分が離れる方向に力が働いているようだ。
インターネット博物館「雲仙普賢岳の噴火とその背景」は興味深い。4.4:九州の地震活動 によると震源は火山の近傍と潜り込んでいるプレートの境界部分に集中している。
画像

まだまだ九州の地震は鎮まっていないようで大変心配だ。九州地方の地震活動は九州大学の地震火山観測センターのウェブサイトで毎時0,15,30,45分に更新されている。
世界の地震発生状況は以下のサイトで見ることができる。
画像

http://ds.iris.edu/seismon/
http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/

さて、ウサギのゾモが目にとまったのは他にも理由がある。当時、まだ、野茂のトルネード投法がアメリカのバッターをきりきり舞いさせたあの感激が残っていた頃だ。そう、Nomo the baseboll pitcher だ。子供たちは、増毛薬のTVコマーシャルの影響か、”ぞうもう”とも読んでいた。
さて、”ゾモ”と”学問のすすめ”のどこに共通点が?
福澤諭吉の文語体の学問のすすめは、青空文庫版で読むことができる。以下、最初の部分を引用する。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資とり、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。また世の中にむずかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむずかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い、心配する仕事はむずかしくして、手足を用うる力役はやすし。ゆえに医者、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召し使う大百姓などは、身分重くして貴き者と言うべし。
 身分重くして貴ければおのずからその家も富んで、下々の者より見れば及ぶべからざるようなれども、その本を尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。諺にいわく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与うるものなり」と。されば前にも言えるとおり、人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。


以下に主な項目を記す。

人は同等なること
国は同等なること
一身独立して一国独立すること
学者の職分を論ず
国法の貴きを論ず
国民の職分を論ず
わが心をもって他人の身を制すべからず
名分をもって偽君子を生ずるの論
演説の法を勧むるの説
人の品行は高尚ならざるべからざるの論
怨望の人間に害あるを論ず
心事の棚卸し
世話の字の義
事物を疑いて取捨を断ずること
手近く独立を守ること
心事と働きと相当すべきの論
人望論

以上を一行で言えば、資源([体力、知力・知恵])+エネルギー([欲・本能・ハート/良心])とそれらを制御・活用できる[意思・マインド]を育てなさいという普遍的なテーマに関して、当時の日本人に分かりやすい事例が示されているということである。まさに、「非常に利口・強くない・小さい」という基礎資源を有するゾモが知恵を望んだときに神が提示した、3つの途方も無い課題の答えを自分でつかみ取り、最後に、いざとなれば、さっと逃げなさいという助言とよく符合していると筆者は考えている。あまりにも乱暴な比較だと呆れられるかも知れないが、昨今のオープン&クローズ戦略に繋がる面がある。半導体の高性能化をひたすら追求している間に、近隣国はほどほどの性能のものをカスタマー毎に低コスト化する技術を磨いたということになる。このような時代を反映してか、学問のすすめは現代でも多くの識者が読書を奨めておられる。
」というとても濃密な冊子がある。只である。書店のレジの傍においてある。気の弱い私はそれを求めるために、新書コーナーから見繕ってレジに向かい、店主が本のカバーを付けているときにさりげなく、これ、頂いていいですか?どうぞ。と言う次第である。この「」のNo.138(2013.4)にも、鈴木博毅氏による、「なぜ、今『学問のすすめ』なのか?今読むべき個お国家の「革命の書」という紹介記事がある。その中に、”日本の人口が3500万人の時代に100万部を越える一大ブームを巻き起こす超ベストラーの誕生”と書かれている。現在の人口では300万部を超えることなり、こんなベストセラーが出せれば出版界では大変なことになる。もう一つあらためて感じるのは、これだけの本が売れたのは、それだけ識字率が高かったからであり、江戸の平和がそれを培っていたからとも言える。文語体を読むのがまどろっこしいとお考えの方には、例えば、斉藤孝の現代語訳 学問のすすめが筑摩新書に出ている。


2016年4月16日夜~17日記述



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック