「これからがこれまでを決める」 と 「さまざまのこと思い出す桜かな」

今日は大学時代の研究室の同窓会に参加するため京都に行って来た。電気化学の分野としては日本では老舗の研究室で、産学官に多くの人材を輩出してきた。
京都駅に着いたのは午後3時半頃。開始時間は5時なので、少し時間がある。京都タワーを見上げながらどこかに行けるか考えた。
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まずは会場の所在地を確認した後、近くの東本願寺を訪ねることにした。それにしても外国人観光客の多いこと。彼らをかき分けながらドンドン歩いた。今の京都が外国人に評判が良いのは英語の表記が充実していることが一つの要因だそうだが、東本願寺前にある来歴を眺めると、英語だけでなく、ハングル、簡体字の順番に書かれていた。
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久しぶりだ。境内に入ると、10代に始めて訪れたときの心象がよみがえってきたような気がした。建物の中には靴を脱いで上がる。中に入って目についたのは、柱などに使われている木の立派なこと。今の建物は明治時代に再建のもの、木材運搬での苦労を偲ばせる展示。東日本震災寄付の箱が目についたので財布にあった小銭を投げ入れた後、暫時、建物の天井や壁などを見て回った。それから、廊下に出てしばし佇んだ。所々に楽しそうに語り合うグループや一人で読書する姿見られた。お寺さんだけに、幾つか標語が目についたが、印象に残ったのは、表題の、「 これからが これまでを決める 藤代聰麿 」。「終わりよければすべて良し」とか「有終の美」という言葉もあるが、これらは評論家的な言葉である。今日は80歳台から70歳台の大先輩が参加され、参加者の平均年齢は60歳を超えていた。表題の、「これからが これまでを決める」を挨拶で紹介すると共感を抱いた方が多かったような気がした。
大同生命や日本女子大等の設立者、広岡浅子の、「九転び十起き」と通ずるものであろうか。
帰宅後、ネット検索すると、東本願寺の、万福寺通信の日めくり法語の中に表題の言葉が出ていた。一日毎に含蓄の有る言葉が並んでいる。何事も心の持ちようであり、姿勢・見方を多面的にしておくことは重要であろう。
本願寺から同窓会の会場までは本願寺沿いの裏道を辿ったが、満開を超えて葉桜気味の木や道路に散った桜が目に残った。
同窓会では上記の大先生のご挨拶とともに全員の1分間スピーチで賑わった。印象に残ったのが表題の、「さまざまのこと思い出す桜かな」。最初はああそうですかと思ったのだが、暫くして芭蕉の3大句の一つとして説明が為されるとぐっと印象が変わった。つまり、最も有名なのは、「古池や 蛙飛び込む 水の音」、次が「松島や ああ松島や 松島や」、これらと並ぶ名句と聞かされると、いろいろな事を想起できるのは、さすが芭蕉の力ということだ。つまり、「 さまざまの事おもひ出す桜かな 芭蕉 」と最初に言うのと、「さまざまのこと思い出す桜かな」と言うのではスピーチの展開も大きく違っただろう。そのスピーチをされた先生は昔から文学的素養を感じさせる方だったので、わざとそのように話を進められたのだと思う。芭蕉の頃の桜と明治以降の桜ではその花に対するイメージが同じかどうか確かめていないが、ソメイヨシノは同一の遺伝子を有するクローンだというのは、一斉の開花に繋がり、共通の共感を得る上で有効なのは違いない。
最年長の大先生は、俳句会の会長をしておられるそうである。FCDICの前会長・現顧問も俳句会「炎環」の会長として活動しておられる。顧問からは英語句も含む句集「防波堤」を頂戴した。ネットに俳句界ニュースとして 20分間インタビューがあるのを知った。ぎりぎりの言葉で思いを伝えることを日常とする余裕が欲しいものだ。
今日の雑文の表題は敢えて、二つとも作者の名前を付けなかったのは以上の経緯による。
(平成28年4月9日)

なお、芭蕉の句は、彼の故郷、伊賀上野で催された花見の時に読まれたもので、それに因んだ菓子も同地では販売されているようだ。
また、蛇足ながら、芭蕉の句はNHKあさイチのブログの同日の記事でも使われていた。4月は異動の季節でもある。

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